中仙道の宿場町として江戸時代に栄えた地域で、時間が経過した現在でも当時の雰囲気を感じることができるます。 霧、湿気が少ない場所で、昔ながらの素朴な建物や遺跡も多く残り特に文化を好む方に愛されている土地のため年を重ねるごとに定住している人が増えてきています。 また、追分エリアは手ごろな価格で購入できる事も人気の理由の一つです。
現在の追分宿のあたり しなの鉄道「中軽井沢」駅からひと駅、「信濃追分」駅を起点とする、軽井沢町追分。 この辺りは江戸時代、中山道六十九次のうち江戸から数えて20番目の宿場町・追分宿にあたり、浅間根越の三宿(軽井沢・沓掛・追分)のひとつでもありました。 北国街道との分岐点でもあり、元禄時代には、旅籠71軒、茶屋18軒、商店28軒を数えたというほど、三宿のうちで最も栄えていたといいます。
そのころの繁栄を物語るように、旧中山道沿いには多くの史跡が残っています。 中山道の日本橋から40番目を数える「追分一里塚」、中山道と北国街道の分岐点の道標である「分去れの碑」、宿内の警備目的で追分西端を桝形に屈曲させた場所で、現在も茶屋の建物が残る「桝形の茶屋」、諸大名や堀辰雄をはじめとした作家に愛された「追分油屋旅館(旧脇本陣油屋)」(現在休業中)、旅籠だった建物を改装した民芸店などが立ち並び、そぞろ歩けば往時に思いを馳せることができるでしょう。 旧中山道周辺には、ほかにも、「追分宿郷土館」や「堀辰雄文学記念館」など、地域の歴史やゆかりの文人について学べる施設も充実しています。
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